【読解力の低下?】そもそも読解力って何だよ!

経済協力開発機構(OECD)は3日、世界79カ国・地域の15歳約60万人の生徒を対象に2018年に行った学習到達度調査(PISA)の結果を公表した。
日本は「読解力」が15位となり、前回15年調査の8位から後退した。
「数学的応用力」は6位(前回5位)、「科学的応用力」は5位(同2位)になったが、世界トップレベルは維持した。

日本経済新聞

こんなニュースが日本を駆け巡り、教育関係者の中で様々な議論が起こり始めています。

関係者
スマホやYouTubeを見る時間が長くて、本や新聞を読む時間が減ったんだ!

とか。

ショーカラ
(それはどこの国も同じじゃないの?)

ってツッコミもしたいのですが、とりあえずそれは置いといて。

読解力について少し考えてみました。

読解力とは!?

Sponsored Link

そもそも【読解力】ってなんでしょうか?

このPISAで問われている【読解力】は、おそらく多くの日本国民が想像する【国語の読解力】とは一線を画すような問題が多いです。

たとえば、

ある書評を読んで「下記の文章は『事実』と(著者の)『意見』のどちらでしょうか。」

というもの。

具体例

ピンとこないと思うので私の体験から似たような問題を作ってみました。

私がある夫婦とランチをしていたときに、その夫婦は些細なことで口論となりました。
妻が「帰る(# ゚Д゚)」といって立ち上がり、出口の方に歩き出しました。
すると夫は、妻の腕を掴んで妻が立ち去るのを制止し、諭しました。
「ちょって待って」と。
しかし、制止されて怒った妻は「ちょっと、腕引っ張んないでよ!」と怒鳴りました。
これに対して夫は「掴んだだけだろ!」と言い返しました。

よくある(?)夫婦喧嘩の一場面です。

この私の文章には「事実」と「意見」がいろいろと混在しています。

※私の「意見」は書いていないものとします。

問1)夫が妻の腕を掴んだことは「事実」?「意見」?
問2)夫が妻の腕を引っ張ったのは「事実」?「意見」?
問3)「掴んだだけだろ!」という内容は「事実」?「意見」?
問4)夫が「掴んだだけだろ!」と言ったことは「事実」?「意見」?
問1)事実
問2)意見

問3)意見
問4)事実
【問1】
夫が妻の腕を掴んだ行為そのものは実際にあった出来事なので、これは「事実」です。
これは特段問題にもなりませんが、ほかの問との絡みで考えるとわかりにくくなります。
【問2】
夫は妻の腕を掴んで妻が立ち去るのを制止しただけです。妻の腕を引っ張ったわけではありません。
なので腕を「引っ張られた」というのはあくまで妻の意見です。
「事実」とは一致しませんが、妻の「意見」です。
【問3】
夫は妻の腕を掴んで妻が立ち去るのを制止しました。
夫は妻の「掴んだだけ」です。
そして「掴んだだけだろ!」という発言内容それ自体は「事実」と一致する夫の「意見」です。
「腕を引っ張った」という妻の「意見」は、問1の「事実」とは一致しない妻の「意見」です。
「腕を掴んだだけ」という夫の「意見」は、問1の「事実」と一致する夫の「意見」です。
【問4】
夫が自分のした行為を「掴んだだけ」と考えたのは夫の「意見」ですが、「『掴んだだけだろ!』と夫が発言したこと」それ自体は、実際にあった出来事なので「事実」です。
【補足】
夫が妻の腕を掴むという行為があったことそれ自体は「事実」です。
しかし、この行為を「引っ張られた」と感じるか「掴んだだけ」と考えるかは人それぞれの「意見」です。(行為に対するそれぞれの「評価」といってもいいでしょう)

その場を立ち去ろうとして出口へ向かって歩き出した妻の重心は、前へ前へと向かっています。
そんなときに不意に腕を掴まれて制止されると、重心(身体)は前へ行こうとしているのに、腕を掴んでその場へ留めようとする力が加わることになり、前へ行こうとする力その場へ留めようとする力という相反する力が生じることになります。
すると、妻にとっては「前へ進もうとしているのに後ろに向かって力が加えられた」ため「引っ張られた」と感じても何ら不思議ではありません。
他方で夫にとっては事実どおり「腕を掴んだだけ」なので「引っ張られた」と言われるのは心外でしょう。

このように、事実は一つでも、その事実を自分の中でどのように評価するか人によって異なり得ることなのです。

想像してたのと違うよね?

そもそも私たちが読解力テストと聞くと、国語のテストの延長のような(もしくは類するような)試験があったんでしょ?程度にしか思いません。

でも実際に問題を見てみると、おそらくは今まで経験したことのないような問題を解くことになると思われます。

日本の教育課程と世界で求められる教育水準とは少なからず隔たりがあることがわかります。

ただし、どちらの教育水準が優れているかというのは別の問題です。

少なくとも日本人の15歳は、PISAが求めている教育水準では必ずしも優れていないということです。

一喜一憂すべきでない

このようにPISAの求める読解力と国内教育で求められている読解力にはある程度のズレがあります。

ズレがあるものを比べてもしょうがないことですし、どちらが優れているというものでもありません。

なので、PISAの結果が悪いからといって落ち込む必要もないですし、PISAの結果が良いからといって胸を張って良いかといえば、それも微妙なところです。

要するに国内向けの教育とはズレた試験の結果であると認識しておけば良いでしょう。

「事実」か「意見」かの視点は大切

とはいえ、PISAの試験が意味のないものなのか?といえば、まったくそんなことはありません。

むしろPISAの試験で問われる読解力は、日常生活において非常に重要なものであると考えます。

「意見」が「事実」として情報発信をされてしまうと、この「意見」が「事実」と異なるものであった場合、「誤った事実」が世に出回ることになってしまいます。

私は釣りが好きなので釣り雑誌や釣り番組をよく見ますが、「プロアングラーの一つの意見」がまるで「事実」であるかのように伝えられることがあります。

ショーカラ
(僕はそうは思わないけど)なるほど、そういう考え方もあるんだね

というようなものが、まるで「事実」のように語られ、「事実」として伝えられることがあります。

伝え方にも原因はあるのですが、受け取る側としても「この情報は事実である」か「この情報は発信者の一意見だ」という区別ができるということは非常に大切なことです。

でなければ、「事実」と一致しない「意見」(=「誤った事実」)を真実として受け止めてしまいかねません。

雑感

Sponsored Link

ここまでPISAの読解力試験結果はそれほど気にするな…という趣旨で書いてきましたが、

実のところ個人的な考えとしては、PISAの試験で求められている読解力は、日常生活でもけっこう必要な能力なのではないかと思っています。

こういう能力養成を現在の教育課程に組入れられるかどうかはわかりませんが、少なくとも現在の国語の教育課程ってけっこう無駄が多いように思えます。

それでいて、こういう能力があった方が良いのでは?と思えるような能力を養成するような教育がなかったりします。

話は逸れますが、↓の本は今まで私が受けてきた国語教育はけっこう無駄が多かったのでは?ということ考えるきっかけになった一冊です。


論理トレーニング101題

PISAの【読解力】と関係があるかどうかわかりませんが、【文章を読み、文章を考える】ということを私に教えてくれた本です。



最新情報をチェックしよう!
Sponsored Link