司法は限界事案に直面した!

新幹線の車内で乗客3人を殺傷した被告人の判決が、2019年12月18日に言い渡されました。

量刑は無期懲役

これだけだと、それほど珍しい判決には聞こえませんが、この事件の特徴は次の点にあります。

◆被告人は生涯刑務所で服役するために犯行に及んだ
◆反省はしていない
◆被告人は死刑を言い渡されないように、永山基準を参考に、殺害する人数は2人までと決めていた
◆被告人は公判において無期懲役を希望している
◆被告人は有期懲役になればまた殺人を犯すと公判で述べている
◆被告人は計画どおりに見事に殺し切ったと公判で述べている

つまり被告人の希望どおりの判決が下りました。

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さて、この被告人の言動を聞いてどう思いますか?

Aさん
死刑にしてしまえ!

そういう声がかなり多いように感じました。

感情的にそういう人もいれば、中には冷静な意見として

Bさん
更生の余地のない被告人を刑務所に収監して意味あるの?

というのもありました。

この意見については「確かにね」と共感する部分もあります。

しかし、この事件で裁判官らが死刑を言い渡すことができない理由の一つとして、

検察官がそもそも無期懲役を求刑しているということがあります。

検察官は被告人の人格障害が犯行の動機に影響を与えている可能性が否定できないため死刑を求めることは困難だと判断したようです。

もちろん求刑よりも重い量刑を言い渡すことは法律上は可能です。

でも起訴・求刑する側の検察官がそう言うくらいなので、死刑判決を出すにあたっては裁判所や裁判員の側で「人格障害の影響はなかった」というところまで確信を持たなければなりません。

しかし限られた公判期日の中で裁判官や裁判員が積極的に被告人質問などを通してそのような確信に至ることが可能なのでしょうか?

たぶん無理です。

また裁判官にとっても死刑判決を言い渡すにあたっては当然に永山基準が念頭にあるので、「永山基準に照らしても死刑が妥当である」といえるところまでの認定が求められます。

そうすると、今回の事件は感情論的にはかなり大多数の人が「死刑にしろ!」と思ったでしょうが、裁判手続的には「死刑判決は極めて困難」というものでした。

この事件は法的な意味での「司法権の限界」ではなく、

法感情・国民感情 vs 公平・公正な裁判手続

という観点から、法感情や国民感情に寄り添う判決をだすことがどうしてもできなかったという意味で司法の限界を見たように思います。

裁判員の方々も苦渋の判断だったのではないでしょうか…

ちなみにこの被告人は、判決言い渡しのあとに

被告人
控訴はしません。
その代わりに万歳三唱をします。

と言い、法廷で万歳三唱をしたそうです。

これを聞いて

Aさん
ブチッ(# ゚Д゚)

となった人もいるようです(まぁ当然だよね…)



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